「祭りの夜」


 はああああああ。
 何度目のため息かをあたしはついた。
 はああああああああ。もうひとつ。
「なんでこんなことになっちゃったんだろ・・・。」

 ここはとある宿場町。その中のとある宿屋の一軒だ。
別段変わったところもない。とんでもなく汚いいいとか、お風呂がないいとか、メシがまずううういというわけではない。・・・じゃあなんでそんなにため息つくんかっつうと、

 

 ぎいいいい、ばたん。

「おっ。リナ、もう出たのか?」

 ぎゃあああああああああ。
 げ、元凶が帰ってきた。それも風呂から。
 まだ湯気がたっている。パジャマ姿のほかほかガウリイだ。

 「あーーーいーー湯だった。ひっさびさのフロだもんなあ。えーーーと、何日ぶりだっけ。お前、こんなに早く出てきてちゃんと洗ったのかあ?」 

 ひいいいいいいい。なんの臆面もなく、こーいうセリフはくとこがガウリイらしいといえばガウリイらしいのだが、今のあたしにはきっついのだ。
 なぜなら、さっきからあたしのついてるため息の原因は、今夜この夜この一晩、このノーミソくらげ男とこの部屋に二人っきりだからだ!!!!!

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 ・・・・・別にこれが初めてじゃない。
 ガウリイと同じ部屋で寝るのは。
 たしか前にもあったはず。だからへーーき。だから気にしない。
 ・・・しないったら、しない。
 「どーかしたのかあ?リナ。なぁんかおとなしいな。」

 床ばっか見ていたあたしの目に、ガウリイのスリッパが目に入った。
 「熱でもあるのかな・・・?」
 だぁかぁらぁ。しないったらしないったらしないったらってばてば。あたしのこころの中でなにかが、じたばたじたばたしてるってのにこの男ときた日には!
いきなり額に手なんか当てるんじゃなぁーーーーーーい!!

 もとはといえば、誰のせいでこーなったと思ってんのよ!

 「あー。リナ、お前やっぱまだ怒ってんだろ。」
やっとあたしのおでこからひいた手でぽんと手をつく。
「しょーがないじゃないか。
今日はこの町はお祭りで、部屋がひとつしか空いてなかったんだし。
ま、この部屋に二人はちょっとばかし狭いけど、野宿に比べりゃ天国だろ。」
うんうんと、ひとりで納得している。
「そりゃ、そーだけど・・・。」
「なんか、まだ不満か?」
「・・・」
「・・・あのな、リナ。」
 急にガウリイが真顔になった。
ふいとかがんで、あたし、もとい乙女の、華奢でういういしいかわいい両肩にぶこつな両手を置きくさる。

 「宿屋の主人をさんざんおびえさせ、宿屋代半額まで値切ったあげく、明日の朝のモーニングセット食べほーだいという条件までつけさせといて、・・・まだ不満かぁ?」あきれ顔だ。
 「そっっっ。そっそのくらい、とーーーぜんよっっ。」
「だいたい町に着いたとき、予約してりゃよかったんじゃないのか?
今朝着いたんだぜ、オレ達。
それなのにお前ときたら、お祭りならきっとおいしーものがたくさんあるわよっっとか言って食ってばっかだったじゃないか」
「なによおっっ。あんただって、そりゃそーだとか言って食べまくってたじゃないの。だいたいあたしが、さあ宿屋へ行こうと思ったら、あんたってば変な女につかまっちゃって、鼻の下でれでれのばしてたじゃないのよっっっ!」

 あ、言うまいと思ってたのに。

 「変な女ぁ?そんなの、いたっけ。」
こんの、のーみそヨーグルトおとこぉっっっ。
「いたでしょーーーーが!黒髪の!緑のドレスの!腕輪とかネックレスとかじゃらじゃらつけてた、」
あ、ダメ。このままでは止まらなく・・・
「ああ!あの人か。」
あ、あ、あ、あの人ぉ?
「いやあ、何だかな、オレが死んだご亭主の若い頃にそっくりだとか言って、涙流すんだよ、あの人。
そんで、思い出話なんかしたいから、今夜自分の家に来てくれって・・・・・・
あれ、オレ、なんか変なこと言ったか?」
 
 ・・・・・・ふ。
 ふふふふふふふふふふふふふ。






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