「ある『子供』とその『保護者」子供さいど♪

それは、いつものことだったのだ。


ガウリイが、あたしの髪をくしゃくしゃと撫で回した。笑いながら。
その目が「お前はまだ子供だな」と、語っている。
あたしは、それがいつものことだと感じていながら、
まるで初めて会った頃のように、彼のその『子供扱い』の態度に腹を立てた。


あたしは子供じゃないっ!





「おーい、リナぁ」
ガウリイが、あたしに後ろから近づき、声をかけた。いつもと同じ、のほほんと。
その態度が、口調が、言葉が、あたしの燃えたぎった頭に灯油をぶっかけることを、この男は知らない。
「なによ」
人がせっかくガウリイを振りきろうといっしょーけんめい早歩きしてるってのにっ!
あたしはよけいに不機嫌になり、今まで以上に腕を振り、足を動かしてガウリイから遠ざ
かろうとする。
音にしてみたら、ずかずかずかずかずかずかずかずかずかっっ、といったふうに。
だが、ガウリイは難なくあたしに追いつき、声をかけてくるのだ。この苛立ちようが分か
るだろうか。
断っておくが、勿論決してあたしの足が短いわけじゃない。
あたしは普通の人よりやや小柄だから歩く速度が少しばかり落ちるのはしょうがない。
本当に問題なのはこの男が人様よりも馬鹿でかいということだ。
そしてこいつは超がつく一流の剣士。その身のこなしは常人とは比べ物にならない。
あたしも一応剣が扱えるし、身の軽さ、素早さは自慢なのだが、ガウリイには及ばないだろう。
まあ、そういうことも関係するが、直接の原因はやはり体格差。
つまり、ただ歩く、それだけのことだからこそ、あたしたちの背の高さ──足の長さが、
問題になってくるのだ。この場合。

頭の中で理屈を並べ立てていたあたしに、ガウリイが今度は横に並んで声をかけてくる。
「なんでそんなに急いでんだ? 次の街ってそんな遠いのか?」
・・・だから、ひとがせいいっぱい早く足動かしてるっていうのにへーぜんと横に並んで
くるなぁぁぁっ!!
あたしは、ともすれば出てしまう心の叫びを懸命に押え込むと、極力冷静なふうを装う。
「・・・別に。そういうわけじゃないわよ」
しかし、今彼を見つめる気にはならない。あたしは彼のいる反対側に顔を向けた。
その態度で変に思ったのだろうか、
「・・・・・・どうしたんだ?」
と、ガウリイが穏やかに、優しい口調で問い掛けてきた。
無論、あたしはこの間も歩くスピードを緩めていない。
だから、ガウリイはあたしのスピードに合わせながらも平然と、そんな言葉を発したので
ある。
そういうところが、物凄くむかつく!
きっと、彼はやろうと思えばあたしなんか追い越してしまえる。いとも簡単に。
・・・いくら、あたしが精一杯早く歩いたとしても。
それが予想できるから、あたしは悔しいやら虚しいやらの気分になってくる。
今、あたしがしていることは、ガウリイは少し異常だと感じているだけで、何もこたえる
ことはない。
あたしのしていることは、全くの無意味なのだ。
「特にどうしたもこうしたもないわ。ただ、少しばかり急いでいるだけよ」
無意味だと分かってる。
・・・だけど。
だからこそ、あたしはスピードを緩める気は無かった。
そして、そう思いながらも嘘を付いた。
本当のことをこいつに言うのだけは、嫌なのだ。絶対!
しかしあたしはそろそろ歩きつかれ、息も切れてきた。体が熱い。
・・・当たり前だ。あたしは前の宿屋を出てから、ずっとこんな調子だったのだ。
これ以上の長時間、こんなスピードを保てる奴がいたら見てみたい。
・・・ガウリイならできるかもしれない・・・
そんな事がふと浮かんで、あたしはちょっとせつなくなる。


ええいっ! そんなことはどーでもいいっ!
疲れたぞっ! あたしは休みたいっ!


あたしは、心の中の正直すぎるほど正直な声に、思わず涙したくなった。
そう。・・・もう、限界だ。
先程から、いくら頑張ってもスピードが落ちていっている気がするのは・・・気のせい
じゃ、ない。
「急いでるって・・・なんでそんな無理するんだ」
心配そうな、戸惑ったようなガウリイの声。
「無理なんかしてないわ」
あたしは思わず反発して、すぐに後悔する。
「嘘つけ。・・・疲れただろう? そこの木陰とかで休もう。な、リナ」
しかし・・・ガウリイは見抜いてる。あたしの状態を。
だからあっさり嘘と決めてきた。
だけど、そうやって嘘も見抜いてしまえるくせに、あたしの心は全く見抜くことのできな
いガウリイに、あたしはまた、怒りを感じてしまった。
だからあたしは、止まることも、休むこともできなくなった。

・・・もう、こうなったら根性で次の宿まで行ってやる!

あたしは心を決めると、残った力を振り絞り、またスピードを早めようとする。
するとふいに、ガウリイがあたしの腕を取った。
あたしは内心どきりとしながら、それでも歩き続けようとする。
ここで振り替えれば・・・ガウリイを見てしまえば、何かに負けてしまうような気がし
て。
「リナ」
「休むつもりないから」
優しく呼んだガウリイに、畳み掛けるようにあたしは言った。
もう、後戻りはできない。
あたしには、前を見て、歩き続けるしか道はないのだ。

だから、あたしにはガウリイの表情が変わったことなど、全く気付かなかった。
「・・・お前さんはいつもそうだ」
突然打って変わって静かな口調でガウリイにつぶやかれ、掴んでいた腕を放されて、あたしは内心動揺した。
あたしが思わずガウリイを見つめてしまいそうになる前に、ガウリイがまた口を開いた。
「オレたちは、二人で旅をしているんだぞ、リナ。二人で。
 リナ一人じゃない。オレ一人でもない。二人だ」
「・・・・・・知ってる」
そんな、当たり前のこと、今更言われなくても。
しかし、ガウリイは首を振った。雰囲気で分かった。
「いいや。リナは分かってない」
「何が」
全く分からない。こいつの言うことは。
ガウリイは少し沈黙する。そして、考えついたように、あたしに言った。
「・・・・・・・・・。
 オレは、お前の保護者だよな」
「自称でしょ」
そう。あたしは、はっきりとは認めてない。
それをしてしまうと、あたしがガウリイにとっていかに『子供』であるかを、認める結果になってしまいそうで。
「だが、保護者は保護者だ。オレはずっとお前の傍にいるから。もう決めたから。
なぁ、このことお前・・・知ってたか?」
ずっと・・・傍に?
あたしの?
そんなこと、聞いた覚えはない。
「知るわけないでしょ? あんたは・・・言葉にしないから。何も」
まさか、いずれかの態度で伝えたつもりだろうか? この男は。
だったら、それは無茶だ。
はっきりと言ってくれないと、あたしは何も分からない。
だから、ガウリイの真意なんて、全く知らない。
「なら、今日は言いたい事を言っとくぞ。
・・だから・・・リナには分かって欲しい。オレがずっとお前の傍にいるってこと」
「・・・・・・分かれって言われても・・・」
そんなこと言われても、全然分からない。
「勝手に決めてすまんな」
ガウリイが、申しわけなさそうに言った。
あたしは思わず、そのガウリイの表情をうかがうために、俯いていた顔を上げた。
あたしは、そこで気付いた。
あたしの歩調が、随分と穏やかになっていたことに。それも自然に。
疲れていたから、という理由もあったろうが、それ以上の意味があった気もする。
「だから。な、リナ。ちょっと休もう」
「何がだからなのよ・・・」
もう、こいつの言いたいことなんて分からない。
たまに自分の気持ちを言ったと思えば、訳が分からないし・・・
「頼む」
あたしの言葉に、畳み掛けてガウリイが言った。
あたしの足が自然と止まる。
あんなにかたくなに拒否していた感情が、わだかまった感情が、今、どこかに消え去ったのを感じて。
ゆっくりと、あたしは隣に並んだガウリイの顔を見上げてみた。
そこに、いつもの穏やかな・・・そして、いつも以上に優しげな瞳の彼がいた。
「ちょっとでもいいから。休もう。リナ」
また腕を取って、ガウリイがあたしを少し引き寄せた。あたしはされるがままになる。
ガウリイに腕を引かれたままに、少し息を整え、汗ではりついた髪をはらうと、あたしはガウリイの顔をきっと睨み、立ち止まるように態度で要求した。
このまま、すべて言いなりにはなってやらない。
それでは、あたしがわざわざしんどい思いをして行ったことが、本当に無駄になってしま
う。
「あたしが急いで、次の街に早く着くはずだった時間の穴埋めは、どうしてくれるの
よ?」
とっさに良い言い訳を思い付いてしまった。本当のことは言うつもりなかった。
これなら自然だ。ガウリイも疑わないだろう。
ガウリイは驚いたように青い目を丸くして、そしてすぐにあたしに笑いかけた。
「本当に、何かワケありで急いでたんだな」
「当たり前でしょ? あたしが意味も無く疲れるマネするわけないじゃない」
「そっか」
・・・そう。意味はあったはず。
それが何かは、もう・・・分からなくなってしまったけど。
するとガウリイが、あたしの頭をぽんぽんと叩き、髪をくしゃりと撫でた。
それは、あたしのした今までの行動の元凶となった行動だった。
あたしは、ガウリイのその行動に腹を立てたのだ。
だが、本当は・・・何故いまさらそんなことにこだわったのだろう?
彼はずっとそうだった。あたしに接する時は大抵。
それなのに、何故か腹を立てた。おかしいのはあたし。
あたし。・・・・・・何故?


あたしはそんなことを思いながら、ガウリイの顔をじっとつめた。
するとふいに、あたしの脳裏に閃くものがあった。
だからあたしは思わず、つぶやいた。


「ちょっとした、反抗ってやつよ」


もしかしたら違うのかもしれない。本当の理由は。
でも今は、それ以外の答えが出ない気がする。
だから、こういうことにしとく。


「え?」
聞こえたのか、ガウリイが聞き返してきた。
それにあたしはふっと笑った。今日、初めて心から笑えた気がした。
「何でもないわ。で、どうやって責任をとってくれるの?
 早くふかふかのお布団でお昼寝がしたかったっていうのに」
「お前さん、そんな理由で?」
「そんなとは何よそんなとは! あたしにとっては大事よ。
 ここんとこ嫌な宿屋ばっかりでさ、布団は安物だわベッドはなんとなく堅いわお世辞に
もいい雰囲気とは言えないわ、とにかくそろそろ我慢ならなかったのよ!
今日くらいは早目に着いて、ちょっとばかし出費がかさんでもいいから良い宿が取りた
かったの!」
「まあ確かに最近そういうところが多かった気がするが・・・」
多かったわよ。実際。
そういえば、そんなんでストレスがたまったのかもしれない。
直接の原因は違う気がするけど。
でもまあとりあえず、ガウリイのその困惑したような表情は見なかったことにする。
「で? どうしてくれる気?」
あたしはガウリイに詰め寄る。
するとガウリイは、片手で自分の頬に手を当て、低く唸った。
ふいに風が吹き、あたしたちの髪が揺らしていく。
「分かった。こうする」
それをきっかけにしたかのように、ガウリイは言ってからあたしの体を抱き上げた。
・・・って、おい!
「きゃぁっ! わわっ、ちょっとガウリイ何すんのよっ!?」
あたしは思わず声をあげ、抱えられた腕の中で暴れ出す。
顔が赤くなったのが自分でも分かった。
「相変わらずテレ屋だな、お前」
ガウリイがにこにこ笑って言った。
その表情が、何か嬉しそうな気がするのは、あたしの気のせいなのだろうか?
しかし。
「テレ屋って・・・・・・そういう問題じゃなぁぁぁぃっ!!
降ろしてよっ! 何で抱っこする必要があんのっ!?」
「何でって・・・リナが言ったんだろ。責任とれって。
責任とって、オレがお前さんを抱えて街まで行ってやるよ。
大丈夫、オレ、足早いから」
「何が大丈夫なのよっ!」
あたしが暴れ続けているというのに、平然とガウリイはあたしを抱えたまま歩き出す。
やばい。
このままだと、宿に着くまではきっとどこまでもこの状態が続いてしまうっ!
それだけは何とかしなければ、恥ずかしすぎるっ!
「や、休むんじゃなかった? 木陰とかで」
あたしは極力冷静を装いつつ、さりげなく聞いてみる。
するとガウリイは自分の顔をあたしの顔に寄せてきた。
思わずどきりとするあたしに気付いたのか気付いてないのか、そのままにっこりと笑う。
「それじゃ遅くなるだろ? 宿も良いのが見つからんぞ。
ずーっと抱っこしといてやるから、お前さんはオレの腕の中で休んでな」
『ずーっと』の部分が強調されているような気が・・・・・・・・・はっ!
「ちょっと待てぃっ! あんた目が笑ってるわよっ!! 楽しんでるでしょこの状
況っっ!!!」
「ははは。なぁぁに言ってるんだリナ、そんなことないって」

こっ・・・こいつはぁぁぁぁぁぁっ

その、からかいを含ませた言葉に、あたしは頭に血が上り、また暴れ出す。
しかし、その腕にがっちりと捕んで、ガウリイはあたしを決して放そうとはしない。
こいつ、絶対楽しんでる!
これで楽しんでないんだったら世の中不幸だらけであるに違いないっ!
「こぉの嘘つきぃぃぃぃぃぃっっ!!!」
あたしはもう仕方なしに、彼の腕の中で、大声で叫ぶしかなかった。


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